自治会(と行政の関係)を考える

 自治会と行政との関係を「風見鶏」(2002年10月1日号)で取り上げましたところ、コラムを読んだ多くの読者から投書、メールをいただきました。コラムのねらいは自治会と行政との関係にありましたが、投書の内容は自治会活動そのものに対する疑問や意見もあって、自治会連絡協議会をも巻き込んだ論争になりました。これを機に自治会と行政との関係、自治会活動そのものを考え直してみるのも必要かと思います。論議の火付け役となった「風見鶏」と投稿を掲載いたします。なお、投稿は本人の希望により紙面では匿名にされた方もおります。

 風見鶏(2002.10.01)

 厚木市は「市民が主役の市政」を推進するため、「自治会長と市長との集い」を毎年実施している。今年度も9月18日から11月12日まで14地区すべての自治会長と対話が行われる。こうした集いは、市民の声を市政に生かす「広報広聴活動」の一環として、どこの市町村でも行われている▼集いや対話の相手がなぜ自治会長になるのかというと、自治会が住民の多様な要求の伝達手段であり、行政施策の受け皿として最も手短で効率的な組織であるからだ。しかも行政は、自治会長に「地域代表機能」「統合・調整機能」「地域管理機能」の3つ(「新住民と旧住民の反発と融合」津村修・『ハイテク化と東京圏』北川隆吉編・青木書店1989年)を期待しているから、「自治会長との集い」は行政にとって最も重要な広聴活動となるのである▼特に行政は住民要求の自治会長一本化をはかることによって、要求を選別調整できるため、自治会は行政にとって誠に都合のいい機関となっている。現に自治会長を通した要求は市への通りがいいし、自治会との合意は行政施策の受け皿となるから、行政もいかにして自治会長との合意を得るかが大きなカギとなるのである▼ところが、最近は自治会の加入率も低下し(平成14年8月現在で73.2%)、加入していても会費を払うだけで無関心、自治会活動への参加意欲も驚くほど低くなってきた。それにもともと自治会長に地域代表機能や調整機能、管理機能があるわけではない。そうした自治会活動に疑問を抱いている市民も多い▼IT、少子高齢社会の到来で、住民要求も個性化し多用化する社会である。市民が主役の市政を推進するためには、自治会長だけを重視した「ご用聞き」のような市長対話を進めるのではなく、市政の重要事項や地域の課題についてテーマを決め、情報開示と説明責任を果たしながら市民と市長との対話を進めていくという新しい手法が求められているのである。米国の地方自治体では何年も前からこうした手法が当たり前になっている。

  山田 修一さん

 私は67歳の年金生活者です。退職後、地域に世話になったのでせめて自治会活動で恩返しでもと役員に立候補(こんな馬鹿はわが地区では初めてだそうです)、現在副会長として2期4年目を迎えました。
 自治会活動の矛盾と申しましょうか、その内容に疑問を感じ、役員会では私1人が反対していますが、多数決の原理で、私の意見はことごとく否決されています。最高裁の判決では少数意見も明らかにされており、「私がかくかくしかじかの理由で反対した」と皆さんに発表してほしいとお願いしていますが、それも駄目だそうです。
 自治会活動とは、慣例に従い波風立てずに、無事平穏にやることで、地域の発展とか、地域住民の福祉や親睦などは名ばかりの活動に過ぎません。
 私は2年前から「S自治会報」を、自治会長の厳しい検閲のもとに発行し、自治会が何をしているのか、誰が何をしているのか、記録しておこうと自前のパソコンで作成しています。発行は原則月1回です。
 さて、「市民かわら版」598号の「風見鶏」を拝読し、「自治会は行政にとって誠に都合がいい機関となっている」と、ギョッとするようなご指摘がありました。こんなことを書くとどこからか横やりが来るのではと心配しましたが、まさにわが意を得たりという思いでした。 
 ご指摘の通り、現在の自治会は行政にとってまことに都合がいい機関です。行政のいいなりになっています。「厚木市自治会連絡協議会」なる組織があり、市はまずここに話を持ち込みます。協議会の役員は何年も役員を歴任しており、市とは長年のつきあいで「ツー」と言えば「カー」という仲になっていますから、行政としてこれほど利用価値のある組織はありません。役員や協議会参加の自治会長には「研修」の名目で、旅行が年数回あります。
 「厚木市自治会連絡協議会」には下部組織として、「○○地区協議会」があり、14の公民館がこの組織を動かしています。従って自治会は戦時中の「隣組」のようになりつつあります。
 最近の例では、暴力団追放運動があります。暴力の指定団体になれば、相当厳しい監視が警察によって行われるはずですが、その実体は不明で、各自治会が訴訟の金を分担して、組事務所撤退の訴訟を小田原地裁に出したそうです。この訴訟の金は数百万円で、自治会加盟員が1軒100円負担するのだそうです。
 こんなむちゃくちゃな話、いや決定事項も自治会連絡協議会が市の指示で決め、各自治会に持ち込みますが、会議の席上、それに反対する住民などおりません。反対すれば、「お前さんは暴力団の支持者か」となるからです。
 私はなぜ異を唱えるかと申せば、市なり警察なりがそのためにどんな努力をしてきたのか、まずそれを住民に説明することが先決だと考えるからです。その結果、皆さんの協力も必要だから、参加してくれというのが筋だと思うのです。
 しかし、筋を通すなんてことは、自治会活動の中ではまず無視されるのが相場です。例えば3年前にS自治会に市からの補助金(市および市関連団体の機関紙を配布する手数料)は100万円ありました。同封のS自治会収支予算書を見ると、平成13年では44万円、14年度には43万3千円に減少していますが、減少の説明はありません。市の外郭団体は内容のない機関紙を配布するよう次々と持ち込み、自治会はそれに対してご無理ご尤も式に引き受けているのです。ここでS自治会の問題点を上げます。
 (1)消防後援会費。15万7千円。その理由が分かりません。消防署は税金で運営されているのに、消防団は地域のお兄さんたちが参加して、消防署のお手伝いをしており、その運営費は関係地区の各自治会が負担する仕組みになっています。消防団のお兄さんたちは酒ばかり飲んで周辺の人々から評判が悪いのですが、いざ火災となると消防署の皆さんが帰っても地域の消防団は最後まで残って後かたづけするから批判はできないのだそうです。
 (2)神社維持費5万円。神社とはA地区ではA神社のことです。S地区には薬師なりB神社がありますが、まずはA神社です。この間、地裁の判決で自治会が神社への維持費を出すことは違反との判例が出ましたが、この地域の人々はそんなことは平気です。
 (3)赤十字募金11万円。どうして自治会が負担しなければいけないのでしょうか。実はわが自治会では数年前には「赤い羽根募金」も予算化していましたが、現在では組長さんが会員の家に行って協力をお願いする仕組みになりました。
 (4)社会福祉協議会費5万円。どうして自治会が協力しなければならないのでしょうか。疑問です。
 (5)青少年健全育成会費28万円。何十年もこの組織に寄生虫のようにぶら下がって、権威を振りまくボス、小ボスによって活動が行われています。
 (6)体育振興会費、名前は立派ですが、公民館の手足になっています。運動会が年1回で40万円を使うのは大いに疑問です。
 いろいろありますが、予算編成の時、いつもこんな疑問を出しますが、異分子である私の意見など全く無視されております。
 昔、この地区では市会議員になる道は、まず子ども会会長、PTA会長、自治会長などを歴任するのが通り相場だったようで、ご無理ご尤も式の世渡りが「大人」の生き方らしいです。
 (以下は編集部)
 S自治会収支予算書の中で山田さんが疑問を指摘しているのは、支出の協力事業費と援助事業費です。
〈協力事業費〉消防後援会費15万7千円、神社維持費5万円、赤十字募金11万円、S神社維持費3万円、社会福祉協議会費5万円、公民館事業及び各種事業援助費17万円。
〈援助事業費〉子ども会援助費9万9千円、青少年健全育成会費28万円、体育振興会費40万円。
 山田さんは、他の自治会でもこうしたやり方をしているのでしょうかと疑問を投げかけています。

 津金 幹彦さん(厚木市妻田西)

貴紙の「風見鶏」で自治会への疑問が取り上げられ、それについての現役の役員と自称する人の投書が大きく取り上げられました。そのすべてを否定できませんし、当然ながら肯定もできません。
 投書の一番の欠陥は自治会とは何かが欠落していることです。自治会は地域住民の親睦と地域の発展を願う民間団体であり、必要に応じ行政と協力する自主独立する団体で、行政の下請け機関ではないことです。
(1)消防後援会費の問題ですが、消防署と消防団がどんな関係なのか。消防署員は日夜厳しい訓練を行っており、またそれなくしては危険な消火作業はできない。消防団員は市の職員でないとしても消防活動に参加する以上は公の活動をしていると理解できる。それならば、地域の自治会の拠出金がどんな根拠で出されているのか検討は必要。
 投書にある「消防団のお兄さんたちは酒ばかりのんでいる」は中傷で論外。
(2)神社維持費。本来、神社は地域住民の信仰により支えられているもので、維持管理は保存会の主管によるもので、自治会が拠出することについては真剣な検討が必要。
(3)赤十字募金や赤い羽根募金を当然のように自治会に持ち込むのには疑問をもっている。赤十字募金や赤い羽根募金が必要な団体や必要な場所に使われているのか。このさい検討することも必要ではないか。
(4)青少年健全育成会や体育振興会の活動を評価しているが、これらの団体も自治会と同様の任意団体であり、自治会の援助金がなければ活動できないとしたらいささか疑問である。
(5)PTA会長、自治会長などを歴任した人が市議会議員になろうが、国会議員になろうが、それは自治会活動とは無縁である。
 以上、山田修一氏の投書について、白根自治会の副会長をつとめているが、個人的意見として簡単にまとめてみました。

 石原 和子さん(厚木市上古沢)

 第599号、「厚木市の自治会」の記事を読んで、よくぞ載せてくれたという感想です。ずばり、この記事のとおりだと思います。私の知り合いも同じ思いで読みました。
 我が家が厚木市民になって10年目です。やはり横浜の自治会とは違います。特に神社とのかかわり、また消防団は横浜の私のいた地域にはありませんでした。
 感心したのは地域で火災があった時、すぐに炊き出しがあったり、都会では阪神大震災の時もそうですが、すぐには炊き出しが出来なかったと思います。
 矛盾点で反対意見がことごとく否決されて人々に発表してもらえないとのですが、解決法は簡単です。すべての会議の議事録をとっていただいて、自由に閲覧できるようにすれば良いのです。回覧でも配布でも良いのです。
 議事録を配布、あるいは閲覧自由となれば議事録を都合よいように、書き変えて残すことも出来ないし、山田さんの反対意見も、否決はされても記録には残って、人々の目に触れることができると思います。
 役員会、総会、部会などすべての議事録を正確にとり、残すのです。人々の発言を読みやすく省略して記録するのではなく、出来れば、そのまま発言の言葉どおりに記録するのです。そうすれば会議に出ていない人にも内容が分かります。これならすぐにでも出来ます。議事録の公開です。
 また、自治会に一人ひとりが無関心にならないことです。なかなか難しいことだと思います。どちらかと言うと、私も行事にはなかなか出席できない方です。
 「市民かわら版」は実に味の濃い新聞です。これからも期待します。

 川井 英雄さん(厚木市鳶尾)

 山田氏の投書に対してFAXいたします。“消防団のお兄さんたちは酒ばかり飲んで周辺の人々から評判が悪い…”S自治会がどこで、評判の悪い消防団が何分団の何部なのか、そして消防後援会費の是が非…etcはともかく、地区の消防団に10年来所属し、幼い子どもや家族との時間を犠牲にして地道に活動してきた自分(もちろん我が部の仲間)としては、非常に腹立たしく、また悲しい記述としかいいようがありません。スクラップしていた新聞記事がまさしく現在の自分の心境ですのでひとつの意見として送ります。
(新聞記事は劇作家の井上ひさし氏が読売新聞に「不機嫌な日本人、雲助判決・投書に思う」と題して寄せた一文で、タクシー乗務員を雲助まがいと記載した判決に対する是非を扱ったものです。以下は編集部で要約した内容です。)
 わたしたちの世間知の中に「氷山の一角」という経験則があります。またわたしたちの頭のどこかには「一斑を見て全豹を見る」という一行がしまい込まれてもいます。そこで一部を見て全体を推量してしまう。もちろん一部を見て全体を推し量るのは人間の大切な思考力の一つで、この精神の働きを否定してしまうと、たとえば推理小説などはほとんど成立しなくなります。
 けれども一斑を見て全豹を見る見方が万能の神の座につくと、今度は「特殊の一般化」という落とし穴が待ち受けています。
 どっちがより正しいかはアリストテレスに登場願った方がいいでしょう。このギリシャの大哲学者は」こう喝破しました。「真理は常にその中間にあり」

 町田 和男さん(厚木市中町)

 拝啓、秋冷の候となりましたが、貴社ますますご清栄のことと存じます。貴紙の記事を毎回楽しみに読んでいます。時には胸のすくような思わず快哉を叫ぶ記事に接し、他紙にない特色に共感しています。
 さて、NO599号で厚木市の自治会についての意見歓迎にお応えして駄文を送ります。
 (1)間違いなく自治会は市の下請け機関です。数年前までは自治会長個人に年数十万円の手当が支給されていて、個人の小遣い銭として乱費されていたのを記憶しています。うちの自治会長が何年も辞めない理由が暴露され大きな話題となりました。その後、制度が変わりその恩恵に浴せなくなってやっと自治会長を降りました。
 (2)厚木市の「ごみ対策委員会」の構成を見てください。メンバーは自治会連絡協議会役員のオンパレードで、提案はすべて事務局の根回しで異議なしの大政翼賛会です。これで大事なごみ処理問題が一般市民の意見もどこ吹く風とばかりのシャンシャンで終了です。
 (3)一番問題なのが募金問題です。「赤い羽根」「社会福祉協議会」等々。なんでも手間暇のかかることは下請けの自治会に丸投げ方式で、彼らはエアコンの効いた部屋から一歩も出ないで暢気なものです。日本赤十字社なんかすり寄り外交のお先棒を担いで、北朝鮮に国民感情を無視した無用のプレゼントの大判振る舞い。そんな金があったら、もっともっと三宅島の住民をはじめとした被災地の自国民に援助するのが筋ではありませんか。外面ばかり気にしてのブリッコぶりは、いい加減にしてもらいたい。
 以上は自治会員の偽らざる気持ちですが、役員が廻ってくるので仕方なく長いものには巻かれろ式で渋々拠出しているのが真相です。募金は、本来自由なものなのに実態は強制。こんなことを手助けしているのが自治会です。
 (4)いざという時の防災物資は、自治会加入者以外には配給されないとの締め付けが陰の圧力となっているのは見逃せないことです。これが脱会者への強力なブレーキになっています。防災物資は、市民の税金で賄われているはずで、税金を納付している限りこんな差別を受けるいわれはありません。前項(3)と共に重大な人権侵害です。
 しかし、行政側は自分にとって都合の良いことは絶対に手放しません。自治会は自分達の下請け業者であり子分であり、便利屋であるとの思い(公には絶対発言しませんが、手法は間違いなくそのものです)は、他のNPO関係にどんどん波及している現実を良く監視し発言していかないと、必ず戦争中の隣組組織より強力な枠組みとなって市民の肩にのしかかること必定です。
 「後悔先に立たずの愚を忘れることなかれ」。

 中野 正義さん(厚木市睦合南地区自治会連絡協議会会長)

 私は自治会運営に携わるものとして、山田修一さんの投書の表現や認識に疑問を抱きました。この文章が自治会副会長の要職にある方の文章としては、それぞれの記述の職務関係者に与えた不快感は大きく、誤った解釈に対しても誠に遺憾であります。この投書=自治会に対する誹謗・中傷は市民の皆様に誤解を招きますので、正しい認識を持っていただくために反論します。
 (1)市内215自治会で構成される厚木市自治会連絡協議会は、自治会活動を通じて地域住民の福利の増進及び住民の総意を反映させる公正な自治会活動を推進しています。そのために連絡協調・協力援助・市への要請、市政の円滑な推進・調査研究及び研修に努め、市政と市民生活の向上と発展をめざして活動を推進しています。
 (2)「暴力団追放運動」は、4月23日未明に発生した暴力団の対立抗争事件に対する住民運動です。資金の調達は協議会の席上で趣旨を説明して理解を求め、各自治会長の賛同を得て決定したもので、市の指示ではありません。行政からも地域の活動に物資の援助やアドバスをいただいています。警察にも要望書を提出し、警備強化を推進していただき、関係暴力団員17名の検挙をもたらしました。また、管内暴力団排除推進協議会や市防犯協会をはじめ、関係団体の皆様のあたたかいご支援のもとにこの運動が推進されています。カンパや募金は組事務所使用差し止めの仮処分申請のために役立たせていただきます。
 (3)自治会は大切な情報源である市の広報紙や公民館だより、市の外郭団体の広報紙などを配布しています。外郭団体の活動がよく理解でき、市の広報や公民館だよりも身近な情報を得られ、異議深い機関紙です。
 (4)消防団・青少年健全育成会・体育振興会などの活動は、自治会活動推進上、大切な役割と使命を担う団体です。特に消防団は生命や財産を守る尊いご奉仕に携わる方々で、このご活躍を高く評価し感謝すべきであって中傷・誹謗はもってのほかであります。
 (5)神社維持費の捻出方法は一地域の判例に右にならへの必要はなく、地域のオリジナリティを大切に、各々の実情により合意された方法で運営されればと判断いたします。
 (6)赤十字活動は皆様の善意によって支えられ、人種や宗教を越えて、地域のニーズに応じた人道的な活動を幅広く展開。社会福祉協議会は総合的な生活支援機能の充実をはかり、地域福祉事業に取り組んで行くため、市民の方々に賛助会員になっていただくなど、自治会としてこれらの趣旨に賛同し、協力しています。
 (7)市議会議員になるにはその資質が問われます。それはさまざまな役員経験を積まれた方が、結果的に得られる資質であって、決して役員を経ることがその手段ではありません。各分野での深い経験から培われた人柄が信頼を受け、期待され、それにふさわしい方が市民によって公正に選出されるのです。
 (8)自治会の支援事業費に疑問を指摘されていますが、これは自治会または地区協議会の協議を経て決定されている数値であり、標準的な金額であると思います。また援助事業費もその活動の評価や事業実績によって自治会で検討し、決定されているものと思います。従ってそれらが企画に適正な予算執行であれば問題ないものと思います。

 鈴木 俊和さん(厚木市中町)

 自治会を考える投書を拝見しました。論旨は2つあります。1つは自治会活動そのもの。2つめは自治会と行政との関係です。自治会活動は会員の総意にもとづいて行いますので、基本的にはそこの自治会が何をやろうと自由です。地域団体に対する支援金や援助金の支出も、その自治会が決めればよいことで、全部の自治会が右へ習え式で同じである必要はありません。
 問題は「風見鶏」にも指摘がありましたが、自治会と行政との関係です。自治会活動が行政の受け皿として機能している面が多く、その内容は単位自治会ではなく、連絡協議会で決定されているというのがほとんどです。いくら独立した機関といえども、現在のやり方だと自治会は市から依頼や相談を受けた場合は断れません。正に行政にとって都合がいいのです。
 自治会は行政の依頼を何でも受けるのではなく、よく吟味し取捨選択が必要なのです。それには自治会長個人や連絡協議会だけで判断し決定事項を下ろすというやり方ではなく、こうした依頼や相談が来たと自治会員に報告して決定すべきで、内容によっては判断は個人に任すべきなのです。

 清野 敏廣さん(厚木市山際)

 10月1日付市民かわら版の「風見鶏」を読み、まったく同感と感じた一読者です。
 為政者からみれば自治会はひじょうに便利な組織であることは間違いがありません。全ての自治会ではないとしても、自治会長を含めた自治会役員はそれほど優秀な人が就いているわけではなく、「ムラ8分」が起きない無難で自治会活動が好きな人が選ばれる傾向が強いように思います。
 日夜、自治会活動に励んでいる方には申し訳ないと思いますが、どちらかというと、宴会好き、世話好きな人が多いのではないかと思って見ていたところ、貴紙の「風見鶏」を読み共感した次第です。
 もし自治会が、地域代表機能、統合・調整機能、地域管理機能を有しているならば、「ご近所付き合い」重視をやめ、より目的を明確にした組織機能を中心に活動することが重要であると私は考えております。
 たとえば、この道路は薄暗く夜道は危険なので外灯を新設するよう市役所に働きかける的なことは良く耳にしますし、また自治会からの要求だと市役所側もアクションが早く結構なことですが、「市民の安全を守る」という視点から考えると、果たしてこの陳情で改善される解決方法が良いシステムなのか疑問に思うわけです。
 従来の「隣組型」から、21世紀にふさわしい、安全パトロールを地域主催で定期的に行うシステムを確立するような、機能や目的を明確にした自治会に変わることを望んでいる者です。
 今年の防災の日の避難救助訓練にしても、そこには東海地震や富士山爆発の危険性を認識した「危機意識」から真剣に行った様子はなく、何ら問題意識もないまま市役所からの指示で例年どおり行う事に意義を感じているように見えたのは私一人だけでしょうか。
 自治会自体がマンネリズムに陥っていることを自覚せず、より地域住民に必要とされるコンテンツに関する話題を取り上げた形跡はなく、テーマを明確にすることもしていないのではないかと思います。隣組としての親睦を中心に活動してきていたというのは言い過ぎでしょうか?
 会費を払うと自治会会員となるシステムで、最近は加盟率も下がってきているようです。全ての自治会活動が悪いと言っているのではなく、そこで頑張っている(ほとんどボランティア)人がいることを認めながら、それでも現在の問題意識を持たない自治会に対しより透明性と発展性を求めているのは、「風見鶏」に対する投稿により明らかになっております。
 為政者としての市長は、自治会を「地域住民の意思」として便利に使うのではなく、マンネリ化している問題を、組織として改革する方向で指導していただきたい。しかも、住民の意志のヒヤリング方法は自治会よりも最適な選択肢があるので、市政の重要事項や優先順位などに関しては情報開示システムが望ましいと思います。多分に、市長の耳の痛い話しが出る可能性が大であることから、避けているのでしょう。しかし、耳の痛いことを聞く事が大事であって、単に市長の手先化している「自治会長との集い」でお茶を濁す方法は前近代的であると考えます。
 上記の意見を何処にも発言できないでいたところ、「風見鶏」で貴重なコラムを読みましたので、感想を申し述べました。
 私は自治会を全否定する立場ではありませんが、自治会の機能を見直すことには大賛成の立場をとる者です。会費を払えば自治会会員となるシステムで、私も自動的に会員となっておりますが、自治会活動に頑張っている人たちに頭をさげながら、その一方で問題意識のなさには疑問をもっております。市長や市役所を巻き込んで大いに議論することを望んでおります。

 厚木市の自治会加入率は平成14年8月現在で73.2%です(編集部)            

 高田 浩さん(厚木市鳶尾)

 「行政協力費」。これが厚木市の自治会長への意識を端的に表しています。この意識により、自治会長個人に負担を強いることもあるようです。また、自治会長に政策伝達を頼るため、情報が伝わりきらないこともあります。
 行政協力費とは、厚木市から自治会への支出の一部です。厚木市は、215ある自治会に年間合計約7千万円支出しています。
 厚木市は、98年度まで自治会長個人に「行政協力報償金」として世帯数×300円 +9万円を支出していました。また、自治会長全員を対象にした研修旅行は、全額厚木市の負担でした。さらに、これとは別枠で、厚木市自治会連絡協議会の理事27人を対象の研修旅行もありました。これも厚木市全額負担でした。
 私は98年、これらを議会で取り上げた結果、制度が改正されました。まず、自治会長個人への行政協力報償金は、振込先を自治会長個人ではなく、自治会会計担当者に変更する提案をしました。その結果、支出方法は改正されました。また、金額には全く触れませんでしたが、世帯数×150円 +6万円に減額され、名称も行政協力費と変更されました。
 厚木市全額負担の自治会長研修旅行は、2万円以上を個人負担と改正され、別枠の自治会連絡協議会の研修旅行は、廃止されました。これらの改正は同年末、同様の県外研修旅行を実施していた埼玉県川口市の前市長に、浦和地裁が公費返還を命じる判決を下した偶然も後押しとなりました。
 厚木市では99年、行政が自治会長に法律改正を説明しなかったための悲喜劇が起こりました。市道計画を巡り、地元自治会長4人と地域住民562人がそれぞれ市議会に陳情を提出する異常事態が発生しました。
 相模大堰の建設に伴い、当時の自治会長らは、相模大堰に沿った橋建設を要望しました。この取り付け道路として、相川小学校を分断する道路計画がありましたが、計画は頓挫。その代替え案の相模川右岸堤防道路計画が浮上しました。肝心の橋建設計画は宙に浮いたまま、取り付け道路計画だけが一人歩きしたための混乱です。
 相模川右岸堤防道路計画は、河川法や道路法改正に伴って、計画実施が困難であることを厚木市が認識し、自治会長らに説明すれば、混乱は起こりませんでした。陳情は数の論理で自治会長らの道路整備促進陳情が議会で採択されたものの、法律の範囲内で判断する河川管理者の神奈川県からは認められない状況が続いています。
 現在の厚木市では、情報提供先として、自治会長を頭越しには出来ません。従って、自治会長は頼りにされ、多忙となります。また、情報提供した自治会長に地域住民へ周知徹底を求める古典的な行政手法は現実的ではありません。相模川右岸堤防道路計画のような混乱をもたらします。
 大阪府枚方市では、行政は自治会への支出は全く行っていないそうです。枚方市の行政運営の中に自治会長の負担を軽減するヒントがあるのではないでしょうか。まず、広報などの配布は自治会委託から新聞折り込み等に切り替えましょう。県下19市中、自治会に広報配布を依頼しているのは、厚木市の他、大和市と小田原市だけです。

 「厚木市政情報掲示板」に田原総次朗さんという方が「市と自治会は対等か」というタイトルで、投稿を寄せています(1998年12月3日)。この投稿文は行政と自治会の関係を考える上で、大変興味深い内容です。参考のために掲載いたします。以下はその内容です

 市と自治会が対等である方が良いというのは、その通りだと思います。かつて厚木市では足立原市長の時代に「市民と行政の共同化」が提唱され、自治会長との対話などを主とした市民参加の手法がとられたことがあります。
 このやり方は現在も言葉を変えて続いているわけですが、この「市民と行政の共同化」という考えは、市民と行政が対等の立場でまちづくりを考えるということのように聞こえますが、実は「行政が政策を策定し決定し執行する役割、市民が政策遂行にあたってそれを理解し、主体的・積極的に協力する役割」というレベルの話なのです。従ってこの「市民参加」を巧妙に形式的に進めるため、自治会や自治会長が行政協力者として一番重宝されているのです。いってみれば自治会長の対話とか自治会の意見を聞くというのは、自治会を行政の下請け機関化させるための巧妙な手法なのです。行政協力報償金というのは行政が自治会を下請け機関化するための賄賂的性格を持つものだといってよいでしょう。これは自治会にとっては不当な恩恵だといわなければなりません。
 自治会の行政下請化、末端化は、住民要求の自由な表明や機能的かつ異なった意識を持つ集団の連帯的調整という自治的結合を形骸化させるおそれがあります。
 自治会の基本的な関係はどうあらねばならないかを考えると、やはり参加と抵抗という2つの対応を示す緊張関係に立つべきです。行政と自治会が「対等」であるというのはこれが前提になるでしょう。これは行政の責任分野と自治会(市民)の責任分野をはっきりさせ、市民の責任分野については自主的努力と自己負担のけじめをはっきりさせるが、反面、行政の責任分野と目される分野については安易に自治会を利用しないことだと思います。
 したがって広報紙など行政の印刷物の配布などは新聞折込方式で処理し、自治会でなければやれないこと、たとえば公民館や老人憩いの家、スポーツ施設の管理などを自治会に委託し、自治会はそれを活動の場と資金の確保という目的を同時に達成出来るようなやり方を考えるべきなのです。
 自治会組織がどれだけ、住民自治を達成しているかは、自治会個々人の自治意識に大きく左右されることはもちろんですが、決め手を握っているのはやはり行政との関係です。行政との対応が非近代的なものであればあるほど、行政との癒着が発生し、ボス支配がはびこり、その結果ますます行政の補完団体、下請機関化するという悪循環をたどるのです。 
 行政と自治会との関係は、行政サイドの問題というよりは自治会の市民意識のレベルの問題だと思います。行政に都合よく利用されない参加と抵抗の意識を持った自治会のみが市民的組織へと成長していくのです。 
 海老名市の「市と自治会が対等であった方が良い」というのは、どういう理由にもとづいているかは分かりませんが、少なくとも自治会を安易に都合よく利用しないという意識だけはもっているようですね。

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